2023.11.2
木曜日
明日は祝日で、久しぶりに帰ってくる人のためにツーイターに愚痴をいくつか書いた。
別にそう重く捉えていないけども、これは自己防衛本能で、いざ目の前にすると/事後にぐわっと来るものなのかもしれない。
佐藤究の新作が出ているのを知らなかったので、本屋に併設されたコーヒー屋でコーヒーを飲んだ後に歩きスマホをし、タイムラインの広告を見てびっくりした。
財布の中に入っていた500円の図書カードと、1370円を現金で払って、ハードカバーの本を買った。装幀は川名潤。なんか安い気がしたが、テスカトリポカは金インクが使ってあったので、そこの差かなと思う。全国の書店に流通する規模の書籍でこんなデザインをしてくれてありがとうと思う。
本を読んでうどんを作り、人とTRPGをしてからもう一度本を読んだ。
三島由紀夫が引用されてるのに惹かれて買ったけれども、実は金閣寺もレター教室も読めていない。カス。
異常に研ぎ澄まされて、人間離れした才覚を持つ架空の男性に魅力を感じてしまうオタクの気質があって、テスカトリポカもそれだし、皇国の守護者もそれだった。幽玄Fもそれなので、多動らしく椅子を立ったり座ったりしながら読み進めている。
斉藤の脳みそはエンジンもメモリもカスなのに、小難しい語彙を読むだけ読んで悦に浸るのが好きなアホなので、脳みそのキャパが1日の許容量を超えているのに、展開を追いたい気持ちが先行して読み進めてしまった。報酬系もカス。我慢してゆっくり読んだ方が絶対にいい。
自分の脳みそがカスだという話を他人にしたいし、私はアホですと自己紹介をしたいといつも思っていて、でも『そういうむずかしい本を読んでいるということは頭がいいんですよね?』という世間の一番上の常識みたいなやつのせいで、人に言えない。
本を読んでいるからと言って頭がいいわけがない。
でも本を読まない人には『本を読んでいるという時点で、その人にはインテリの自意識がある』とかそういう無意識がある気がする。
頭が悪いことと、本を読むのが好きなことは両立する。
面白いだろう本を読んでも、ワーキングメモリと処理速度が終わっている頭では、何も飲み込めないので、ただ悲しい。
本を読んだのであてられていて、考えたことを全部書くマシンになっている。
今日の躁鬱の薬をまだ飲んでいない。
躁鬱の薬を主治医がいずれやめさせようとしているのは、軽躁が続いているからなのかもしれないし、長期服用は良くないと思っているからなのかもしれないし、『薬を飲むと眠くなる/薬を飲まないと眠れない』の因果が私の脳内で逆転しているのが分かっているからなのかもしれない。
眠くない。
・ここの箇条書きを自分の日記のセルフルールにしてからだいぶ経つけど、いつも何も思いつかない